東京大学オタ ク物語
〜「スクールカースト」に関する一事例〜


その一 はじめに〜「オタクエリート」って何なのさ

  昨年(2005年)末、『オ タクエリート』なる雑誌が発行されました。表紙をめくると何故か東大の安田講堂の写真がでかでかと掲載されています。なんとなれば、東大の情報学 環というところで「コンテンツ創造科学産学連携教育プログラム」なる ものを行っていることを、この雑誌が大々的に報じているためでありましょう。
 このプログラム、一体何をやるのかといえば、アニメやらゲームやら映画やら「国際競争力を持ってい」るというコンテンツ産業のための人材を養成するのだ そうです。といっても漫画家やアニメーターやプログラマーを養成するわけではなく、「国際的なコンテンツビジネスに関する高度な専門知識を有するプロ デューサー養成を目的としてい」るそうです。へー。情報学環でオタクといえば北田暁大氏だとばかり思っていましたが、 こんなこともやっていたんですね。(注1)

 この『オタクエリート』という雑誌に言いたいことは山程あるのですが、一つまずここで指摘しておくと、やたら政治家にインタビューしたり(表紙が鳩山由 紀夫!)、東大以外に銀行の研究所、新聞記者に弁護士と、いわば社会的に偉そうな方々のコンテンツが多いということで、特別付録の「全国統 一オタク検定試 験」というのも考え併せれば、要するに「オタク」に権威付けをしようと営々と努 力して作られた雑誌だろう、ということです。まあ理屈付けなくても、表題見 れば 分かりますか。
 最初「オタクエリート」と聞いて、筆者はてっきり「オタク」の中で何かを極めた人のことかと思っていたのですが、どうもそうではなく、世間的に「エリー ト」と言われそうな職業の人に「オタク」について喋らせるのがこの雑誌の実体だったようです。
 この雑誌に代表されるように、最近「オタク」を巡っては、オタクは有力な市場であり、また世界に対しては日本の将来を託すコンテンツ産業であるといった 言説をよく耳にします。そこで、オタクの権威付けが必要となってきて、この雑誌も発行されたのでしょう。『サ ヨナラ、学校化社会』だの『高 学歴ノーリターン』だのと言われても、まだまだ「東大」という権威には商品価値があるということなのでしょう。なにせ『ドラゴン桜』という漫画が ヒットし、テレビドラマ化されたくらいですからね。

 東大とオタク、といえば、オタキングこと岡田斗司夫氏がかつて講座を開いていたことが知られています。それが終わってはや8年、今度は本郷で本格的にオ タクなものが扱われるに至ったわけですが、どちらの場合も「オタク」「東大」という 組み合わせが、前者と後者のイメージの違いから人の耳目を集める効果を 発揮した/狙っているのではないかと思います。
 そうそう、萌える英単語こと『も えたん』も、東大生協に平積みになっててそれが全部捌けた、ということがネット上で話題になったりしておりましたが、これも「東大」と「オタク」 のイメージギャップ、つまり「東大なのに『もえたん』売れてるよ!」というのが(多くの場合は)話題になった理由なのではないかと思われます。ちなみに筆 者の知っている範囲では東大生二名が『もえたん』を買っておりましたが、一名は大学院入試の英語の勉強をする際、久々に英語に取り組むリハビリとして本当 に『もえたん』を使ったと言っておりました(もちろんその後はちゃんと勉強したわけですが)。そして彼は首尾よく合格しました。嗚呼、大学入試どころか東 大の院試にも使えるよ『もえたん』!
 もっとも、メイドさんに関する英語文献を読んで院試の英語勉強に代え、あまつさえその翻訳を同人誌にして即売会で売っていた筆者に、『もえたん』読者を 笑う資格などまったくありませんね。

 閑話休題。
 このように「東大」と「オタク」とは、そのイメージの落差ゆえに、その落 差を利用して何らかのエネルギーを生み出すこともできるようなのです。さらに例 を出せば、筆 者もイベントなどで折々懇話の機会を得た「東京大学メイド研 究会」の笹川会長は、その落差を実に巧みに活用したパフォーマンス芸術を実践しておられ る方として筆者は大いに尊敬しております。もっとも読者の側にそのパフォーマンス芸術の真髄がどこまで伝わっているかは怪しいですけれど(そして、そこが 一番面白いところなのです)(注2)
 本稿の目的は、以上のような世間の認識に対し、筆者が見聞した東京大学の実情に基づいて「東大」と「オタク」との(相対的に)より適切な関係を叙述し、 「オタク」について、そしてできうれば「ス クールカースト」についても、何らかの問題提起を行うことです。
 東大とオタク的な何かについての関連としては、これは既に閉鎖されてしまったサイトのコンテンツですが、「ボ ランチ」というサイトの「東 大ファッション通信」「東 大恋愛バトルロワイヤル」という記事がそれぞれ参考になるでしょう(リンク先はどれも web archive)。これらのコンテンツからは、例えばドラゴン桜を宣伝に使うZ会のサイトなんぞとは 異なる印象を読者の皆さんは感じることでしょう(「東大の学内へ行ってみればい い。おしゃれでカッコいいやつがあちこち歩いてるぞ」ってねえ・・・)。
 ドラゴン桜の絵の口直しに、もっと無難な励ましの言葉を置いておきます。

受験生への励ましの言葉
雅亜公『やっと会えたネ・・・』より。

 話を戻すと、上掲のサイトからは東大生のある種のスタイルに「オタク」的なものとの親和性が高いものが存在するということが推察されます。上掲サイト を、ネット上におけるオタク論の有力な論客であるシロクマ氏が、サイト「汎用適応技 術研究」において、「脱 オタサイト・オタク研究サイトレビュー集」のトップに掲げている(トップなのは年代が古いからでしょうが)ことからも、このコンテンツが優れたオ タク論であることが読み取れます。(注3)
 東大に代表されるような「高学歴」とオタクの関連性については、他には例えば速水由紀子『あなたはもう幻想の女しか抱けない』に「なぜか偏差値とプライ ドが高いほど、『ヘン』度数が高い。だから必然的に東大出身者の微変態クンが、結構目立つ」という女性の述懐が載せられています。「微変 態」とは著者の定 義に従えば、「ロリコンやフェティシズム、SMなど倒錯した性的嗜好を持っていた り、メディアやゲームに極端にハマっていたり」ということだそうで、まあ 「オタク」も包含されそうです。(注4)これもまた一面の事実ではあると思います。

 先に結論を言えば、東大と「オタク」は、実は落差よりも近親性に着目した方が面白いの ではないか、もっと有体に言ってしまえば、東京大学にはオタクが世 間一般と比べてより多く存在しているのではないか、そしてそのことをあまり隠そうとしてこなかったのではないか、それがこれから本稿で述べ ようとすること の骨子です。
 ただし、結局は筆者が見聞しえた範囲の情報に基づいて記すのでしかないですから、「オタク」というほど立派なモノではありません。それを踏まえ、本稿は「東京 大学オタク物語」と題することにしました。

注1:ちなみに筆者が学部生だった時分、情報学環 は社会情報研究所(通称「社情研」)といい、さらに1992年までは新聞研究所といいました。比較的短期に組織改変を繰り返したことから察すれば、この組 織は存在意義を主張する必然性に強く迫られており、さてこそ世間の耳目を集めるために「オタク」を冠した事業を始めた・・・と考えるのは、必ずしも下司の 勘繰りではありますまい。(戻る)

注2:もっと言い切ってしまえば、東大メイド研の 面白さの中核は「メイド」にあるというよりも、そして「研究」にあるのでさえなく、「東京大学」にこそあるのだと、筆者は考えています。(戻る)

注3:最初筆者が「東大ファッション通信」に接した時(シロクマ氏のサイトではなく別ルート で)、末尾の指摘には襟を正させられたものの、ただ面白がるばかりでオタク論としての価値には無頓着でした。オタク論としてのこのサイトの価値はシロクマ 氏の解説に譲ります(ただし、「ボランチ」作成者tanyaka氏は本文中の情報から明らかに法学部生で、理系ではないように思われます)。(戻る)

注4:速水由紀子『あなたはもう幻想の女しか抱けない』筑摩書房 1998、p.155 ちなみにこの1頁前に岡田斗司夫氏が登場。(戻る)

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