東京大学オタ ク物語
〜「スクールカースト」に関する一事例〜


その五 彼ら何処より来たりしか〜中高一貫男子校と三つの類型

 今まで長々と東大に於ける「オタク」の活動について述べてきました。そして、東大ではオタクは公然と積極的に活動している事例が多く、また数的にも多いのではないかと筆者は考えるに至りました。
 本節では、強引ではありますが以上のことを前提とした上で、ではなぜそういった状況が発生するに至ったか? ということについて、筆者の思うところを述べることとします。

 大学で活動しているオタクたちについて筆者の見るところでは、彼らの大部分は既に大学入学時点で程度の差こそあれオタク的な諸文化に触れた経験があり、 大学という場ではそれを進化発展させたという事例が大部分を占めているように思います。少なくとも東大における事例では。経験の少ない人が大学デビューと でも言うべき大発展を遂げたという事例も知らないではありませんが、全く知らなかった人がはまり込んだという例は、筆者の知る範囲では見出されない のです。
 となれば、東大にオタクが多い理由を考えるには、そもそも彼らが如何なるルートを辿って来たかを考える必要があります。それには毎年週刊誌が特集してい るような、「東大合格者高校ランキング」を参照すれば宜しいでしょう。最近は個人情報保護がうるさくなってちょっと不明確になっているところもあります が、大体の傾向分分かるはずです。
 以下の表はこちらのサイトのデータを拝借し、若干の加工をして作成したものです。「高校編入」とは、中高一貫校の場合高校から新たに生徒を採るかどうかを示しています。国公私立の区別は特に表示していません(正直、それはこの問題についてはそれほど重要な要因ではないと思うのです)。

2006年東京大学合格者数高校別ランキング
順位 学校名 所在地 合格者数 中高一貫校 共学 高校編入 備考
1 開成 東京 140 男子
2 麻布 東京 89 男子
3 筑波大附属駒場 東京 86 男子
4 兵庫 80 男子
5 学芸大附属 東京 77 共学 ※1
6 栄光学園 神奈川 70 男子
7 桜蔭 東京 68 女子
8 海城 東京 52 男子
9 ラ・サール 鹿児島 50 男子
10 駒場東邦 東京 46 男子
11 聖光学園 神奈川 44 男子
12 筑波大附属 東京 43 共学
13 岡崎 愛知 36 × 共学
14 東大寺学園 奈良 35 男子
15 久留米大附設 福岡 33 共学 ※2
15 広島学院 広島 33 男子
17 桐朋 東京 30 男子
18 武蔵 東京 29 男子
19 巣鴨 東京 28 男子
20 一宮 愛知 28 × 共学
21 宇都宮 栃木 28 × 男子
22 女子学院 東京 28 女子
23 洛南 京都 28 共学 ※3
24 富山中部 富山 27 × 共学
24 西大和学園 奈良 27 共学 ※4
26 渋谷教育学園幕張 千葉 26 共学
27 東海 愛知 25 男子
28 白陵 兵庫 24 共学
29 岡山白陵 岡山 23 共学
30 岐阜 岐阜 23 × 共学
31 桐蔭学園 神奈川 23 共学 ※5

※1:附属中から全員が行けるわけではない
※2:共学は高校のみ、2005年度から
※3:共学は2006年から
※4:共学は高校のみ
※5:男子部と女子部は別


 ここに出ている学校の合計で合格者の四割程度になろうかと思います。
 この表を見れば明らかですが、皆様もご承知の通り、東大に多くの卒業生を送り込んでいる高校は中高一貫教育の私学が中心で、それも特に男子校が多くを占 めています(学校名を太字で強調してあります)。このことに関する判断は本稿の目的ではありませんから触れません。事実として現状、中高一貫の男子校出身者が多いということです。東大にオタ クが多いとすれば、これら中高一貫男子校が、進学校であると同時に「オタク養成所」としての一面も持ち合わせているのではないか、と考えられます。つまり、中高 一貫男子校の段階で既にオタクが多いのです。
 このことは中高一貫男子高出身者である筆者の経験であると同時に、大学進学後の観察や聞き取りによって確信をもって断言しますが、それだけなのもなんな ので、文献を引用しておきましょう。なかなか評価が難しい本ではありますが、以下の引用の出典『別冊宝島381 東大さんがいく!』(1998年発行) 所収の、宝泉薫「そして彼らはオタクになった」です(注19)

 …M君が口を開いた。大阪の府立高出身の彼は「中高一貫の有名進学校から来た人には、アニメファンが多い」と言う。
「東大生自体にアニメファンが多くて、かなり驚いたんですけど、特に、灘、ラサール、開成は目立ちますね。それに、彼らはオタクであることをあまり隠さないんです。
 僕なんて、中学、高校と、一人で悶々としてましたから。ちょうど、宮崎勤の事件があった後で、“アニメファン=変質者”みたいに思われていて、オタクは充分、イジメの対象になり得る存在だったんです。僕は今でも、クラスではアニメファンであることを広言していません」
 すると、T君も、
「確かに、開成(うち)は特殊かもしれません。学校全体でも、イジメはなかったですし。寮のあるラサールでは、アニメファンが迫害されることもあるらしいから、東京の進学校が変わってるのかな。筑波大(附属)駒場も、アニメファン、多いですからね」
 M君は、笑いながら、
「あそこは、オタクの巣窟です」
(中略)
 (引用注:筑波大駒場出身の)A君は“筑駒”のオタク事情について、興味深いことを口にした。
「僕は、中学が公立で、高校から“筑駒”に入ったんですけど、雰囲気が全然違うんでビックリしました。ナンパ系と勉強系とオタク系とに完全に分裂しちゃっ てるんですよ。ナンパ系は渋谷で遊んだり、女子校の文化祭に行ったりするし、勉強系はいつも『大学への数学』とかを読んでるし、オタク系は昼休みに何かす ごい話をしてる。ほぼ三分の一ずつに分かれてて、ほとんど接触がないから、迫害もないんです」
 一学年が百六十人程度の“筑駒”とはいえ、三分の一ならかなりの人数だ。「オタクの巣窟」と言われるゆえんだろう。(中略)
 一方、ラサールはどうか。
 S君は“迫害”の仕組みをこう説明した。
「四割くらいの生徒が寮に入るんですが、高校が個室なのに対し、中学は八人の相部屋なんです。だから、イジめられる子はどうしてもイジめられてしまう。アニメが好きだと、何となく浮いちゃったりしますからね。
 ただし、殴る蹴るとかカツアゲまで行っちゃうと退寮になるので、“なんとなく煙たがる”というやり方ですけどね。でも本人にしてみれば、キツイですよ。昼も夜も、ですから」(同書pp.179-180)
だ、そうです。この内容は、筆者にもおおむね納得の行くものでした。

 さてここで、これまで本連載の表題に入れておきながら触れていなかった、いわゆる「スクールカースト」について触れたいと思います(注20)。これ は大雑把に言えば、学校では他の生徒からの人気度によってランク付けがなされており、運動部の連中は地位が高く一方オタクは地位が低くなりやすい、といっ た諸状況を指します。これが昨今問題となっているいじめの重要な発生原因であることは論を俟たないでしょう。このような「スクールカースト」は小学校で既 に形成され始め、中学校あたりでもっともその猛威を振るい(注21)、大学に行くと大分影を潜めるようで す。
 オタクは「スクールカースト」で低位に置かれるといいます(オタクであることが原因なのか結果なのかは諸説あり、人と場合によるとしか言えないでしょうが)。しかし、ここで話題にしているような中高一貫男子校では、どうも事情が違っているのではないかと思われます。
 筆者の見解では、多くの学校が「運動とか出来て人気のある生徒>普通の生徒>オタク」とでもいうべき垂直的カースト構造になっているとすれば、この手の 学校では水平的派閥構造と呼ぶべき状況になっているのではないかと考えます。上掲引用文中に出てくる、三分の一づつに勉強熱心な人・遊んでる人・オタクな 人がいるという構造は、小生も中高在学当時から感じていたことでした。「ほとんど接触がない」というのは言い過ぎで、実際には原則的な所属(と見做されて いる)派閥と個人の交友関係は誰しもある程度ずれているものですし、また個々の派閥も「派閥」と呼ぶにはあまりにファジーなものではあります。しかし、中 高一貫男子高の構造はどちらかといえばカーストではなく派閥であり、オタクはその一角を占める、ということはいえると思います。
 おお、では中高一貫校は「スクールカースト」的なヒエラルキー構造はないのか! と、子供を受験させようと思い立った方。そんなに上手い話が世の中ある はずがありません。開成の人が「イジメはなかった」と言っていてもどこまで本当かは分かりません。いじめはされた方はよく覚えていても、した方やあまり関 らなかった方は気が付いていない、なんてことはよくありますし。
 そして。
 以上の派閥的構造は、派閥内部のヒエラルキーの存在を否定するものではありません。(注22)

 中高一貫男子校においてオタクが派閥になるほどの勢力を持っている理由は、根本的にオタクが多く、かつ一般的には「スクールカースト」構造で上位になり やすい要素、「運動能力」「対異性アピール力」が重きを置かれにくい、かつ可視化されにくい、そういった空間だからであろうと思います。
 また「イジメはなかった」というのは誇張であったとしても、相対的に少ないということはいえるかもしれません。それはなぜかと思うに、受験という関門を 突破してきたために大なり小なり自己肯定的になれるため、自己肯定にために他人を攻撃するという欲求が低めだということがあるのではないかと思います。こ れも「スクールカースト」が構築されない原因であろうと思いますが、これはいわば偏差値という学校間のカースト構造で上位に位置しているために、学校内の カーストで争う必要が少ないだけなのかもしれません。この構造は褒められたものではないわけですが、本稿は現状を観察するものであって教育についての政策 を論ずるものではありませんから、この点についてはこれ以上追求いたしません。

 さて、中高一貫校には「根本的にオタクが多い」と書きましたが、この原因もさらに考察しなければなりません。
 筆者が思うには、「オタクであること」と「受験で良い成績をとること」との間に類似した関係があるから、ということが大きいであろうと思います。
 受験勉強もオタク趣味も、大量の情報をインプットし、それを自分なりに体系化して身に付け(この段階を経ないと「身に付いた」知識にはならないと思いま す)、そして状況に応じてアウトプットするという一連のプロセスを辿るという点で類似しているのではないか、筆者はそう考えます。膨大な情報に向き合う方 法論を身につけた、ということですね。ですから、オタクであることは受験に有利であると考えます。
 この場合「オタク」とは、いわば狭義のそれ――即ち秋葉原系とでもいうべき漫画・アニメ・ゲームに限られるものではなく、ある趣味的な分野にはまってい る人々全般を指しています。趣味の対象とする分野が受験と関連性のある分野であれば有利さにプラスアルファがつくでしょうが(注23)、直接関係がなくとも大量の情報を上手に処理するという方法を身につけているということは、溜め込み主義的な日本の受験勉強と相性がいいの ではないでしょうか。従って、受験を経て中高一貫校に入る際にも、そこから東大はじめ難関とされる大学に入る際にも、オタクである人間の比率は全人口に占 めるそれよりも上がりやすいと考えられます。
 勿論、オタクであることが受験に有利であろうからといって、オタクでない人が不利であるというわけではありません。受験に合格する(ために学力を身につける)という目的に到達する方法は幾つもあり、その一つの方法であるということです。
 上に掲げた引用文中で、「オタクの巣窟」呼ばわりされている中高一貫男子校は、勉強系とナンパ系とオタク系とに分かれている、という指摘があります。こ れについては経験者である筆者もおおむね同意しますが、この三種の属性の間に成績・大学進学実績については必ずしも大きな差は無いように思います。いわばこの三種の属性ともが、受験(をはじめとする中高生の生活環境全般)というものに適応する戦略のヴァリエーションにすぎないということかもしれない、その ように思います。

 小生の受験時代の愛読書であった竹内洋『立志・苦学・出世 受験生の社会史』(講談社現代新書)の第六章では、受験をモダンとポストモダンに分け、昭和40年代をその分水嶺としています。受験にそれまで付きまとっていた「努力」「勤勉」といった強迫観念が剥がれ落ちたことにより、受験がいわばゲームと なったというのです(そしてそのゲームの秘訣を教えてくれるのが予備校)。竹内氏は清水義範『国語入試問題必勝法』を例に挙げて、このことを説明していま す(注24)。そのような転換が起こった背景として、社会が豊かになったことによる受験勉強への熱意の低下、学校が増えまた偏差値 の導入によって受験競争が昔と違って分相応なところを目指すようになったこと、学校ばかりが文化資本の獲得手段ではなくなったこと、といった原因を竹内氏 は挙げておられます。そしてその結果どうなったか、ということを、同書の末尾で竹内氏は以下のように述べておられます。
 現在は表面的にみると小さな偏差値でかつてよりもはるかに微細な差異競争をしているが、(I)努力から戦略へ、(II)ひたすらな加熱から柄相応競争 へ、(III)学歴の意味の低減によって、はるかに冷ややかな競争になった。受験のモダンが「硬い」受験競争だったとすれば、受験のポスト・モダンは「柔 らかな」受験競争である。
 しかしそうはいっても現在の受験競争の刺激言説のかなりは、「イイ高校、イイ大学、一流企業」というような希少性時代の枠組みで編成されている。しかし 「いい大学へいかなければ将来は大変だ」というこの種の刺激言説を受験生が素直には信じられないというところに現代の受験競争の揺らぎがあるだろう。その 揺らぎの根源は、豊かな社会における受験競争を希少性の神話で刺激しようとするからである。
 したがって、ダサイ受験生というのはいま述べたような希少性時代の刺激言説にリアリティを感じてしまい、硬い受験競争を前提にして受験勉強に励んでいる 者である。クライ受験生というのは硬い受験生という古いリアリティを生きている点ではダサイ受験生と同じなのだが、受験勉強へののりがもうひとつというタ イプである。これらはいずれも受験世界の旧人類である。受験世界の新人類である「あかるい」受験生は、柔らかな受験競争というニュー・リアリティに生きな がらも、受験勉強への「ノリ」がある者である。かれらこそ受験のポスト・モダンである。
(同書pp.194-195)
 さて、ここでいささか強引ですが、この受験世界の「旧人類」「新人類」分類を、先ほどの三種の属性に割り振ってみるとどうでしょう。「旧人類」が「勉強 系」であり、「新人類」が「ナンパ系」とするとうまくあてはまりそうです。問題は「オタク系」ですが、彼らは大量の情報処理の問題として受験に取り組んで いるとすればポストモダン的でありますが、「ナンパ系」のように世間の価値観に従って要領よく生きるまでには至っていないとすれば、「ニュー・リアリティ に生きながらも、受験勉強への「ノリ」が」あんまりない、そんな人たちなのかもしれません。
 まあ、これは強引なあてはめなのでどこまで意味があるのか怪しいですが、「旧人類」だったり「新人類」だったりすること自体が受験の成 否と直接関係しているわけでは必ずしもありません。結局自分の状況により合致した方策を取れば良い結果が出る(或いは状況に合致した方策が結果的に選択さ れる)ことになるでしょう。
 最近話題の漫画『ドラゴン桜』についていえば、方法論的には受験をゲーム的要領として扱うという点で「新人類」的です。しかし受験を支えるメンタリティ はむしろ「旧人類」的に思われます。そこら辺の分裂が、筆者がどうも今ひとつあの作品を読む気になれない理由のひとつなのかもしれません。

 とまれ、古典的な受験生のイメージに最も近い真面目勉強タイプ、それに対して要領よく遊びも恋愛もすればちゃんと勉強もこなす(そうとする)タイプ、そ してオタクなタイプ、この三類型が存在していることは、筆者も以前から気が付いていました。そしてこれらの類型と成績とは直接の相関関係は少なく、従って 進学実績にも差がないと筆者が考えているのは先に書いたとおりです。
 その結果として、こういった中高一貫男子高から進学する人の多い大学自体にも、この三類型が通用するであろうと筆者は大学進学以後の観察に基づいて考えるに至りました。昔、筆者は戯れに次のような東大生の分類を作って友人の間に披露したことがあります。

「東大一直線」型古典的受験生のパターンで勉強に励む人々。文科一類→法学部に多く産し、受験そのままの勢いで司法試験やら国家公務員一種試験やらを目指したりする。
「東京大学物語」型要領の良い人たち。文科二類→経済学部に多く産し、大学でも対人関係・遊び・勉学を要領よくこなし、東大ブランドを生かして就職したりする。
「ラブひな」型オタク。文科三類→文学部に多く産し、自分に関心のあることに取り組んで、大学院進学なぞしたりするのはいいけれど…。

 この分類の問題点として、理系はここまでステロタイプに出来ないのが残念 ですが、文系の場合はこんなもんだろうと思います。しかしどのパターンが優れているということではなく、自分の性格・環境によりあった選択をすればいいだ けのことです。勿論実際には明確に分けられるわけではなく、同じ人でも時と場合によって取る戦略は変わってくるものですけどね。
 おそらくこの分類の最大の問題点は、命名者がネタにした漫画をどれひとつ読んでいないということであろうかと思います(笑)。

 以上、東大にオタクの多い理由は、東大に学生を多く送り込んでいる中高一貫男子校がそもそもオタクが多いからで、そこではスクールカースト的にオタクが 迫害されるという構造がないため、そのまま大学に入ってしまうので、東大でも数が多くまた公然と活動しているのではないか、そのように考えます。
 となると、さらに遡って中学入試の状況にまで遡る必要があるのではないか、筆者はそう考えています。この文章の筆者自身が中高一貫男子校出身者で 中学受験をしたクチだということも少なからぬ要因ではありますが(苦笑)。もっとも、中高一貫校では中学からの募集者が高校入学時点での募集者より多い、 という学校の方が多いので、中高一貫校を問題にする場合はやはり中学受験を中心に検討するのが妥当ではないかと思います。
 といわけで、次の章では更に話を遡らせたいと思います。

注19:筆者所蔵の本書は、某日畏友H氏宅を訪れた折、たまたま氏の宅の書庫に2冊所蔵されていたことに気が付いた筆者の乞を容れて譲っていただいたものです。心より御礼申し上げます。(戻る)

注20:「スクールカースト」に関しては、「はてなキーワード」の項目が詳しく、また参考になるリンクもあります。(戻る)

注21:いじめは統計上、中学生で最も多いそうです(こちら参照)。(戻る)

注 22:他の派閥の事は知りませんが(苦笑)、オタク系内部のヒエラルキーにおいても「人気」というのは重要なファクターになっていることは否定できませ ん。もちろん、一般的なコミュニケーション能力と異なった、「オタク」的にどれだけ優秀か、ということも評価の基準には入ってきますが、ただしオタク的優 秀さには知識の状況に応じたアウトプット能力も入ってくるので、通常のそれとは多少異なる傾向にせよコミュニケーション能力はやはりある程度関っているよ うに思います。(戻る)

注23:例えば鉄道・ミリタリー・天文とか。そこまで直接的でなくても、小説や漫画などを大量に読んでいると色々な知識がくっついてきますし、また国語力 の向上にも寄与するでしょう(少なくとも漢字は覚える)。『信長の野望』をクリアすれば旧国名を覚えるでしょうし(古文や地理を塾で教えていて、ほとんど 誰も知らないことに驚きました)。しかしもちろん、こういった効果はプラスアルファ的なもので、、様々な知識を積み重ねて自分なりに理解する、ということ が一番大事なのは本文の通り。
 なお、筆者の個人的偏見では、一見役に立ちそうで何にも使えないのは三国志マニアだと思います。(戻る)

注24:以下引用。(戻る)
 『国語入試問題必勝法』は試験が脱神秘化され、受験が「地獄」や「刻苦勉励」ではなく、「ゲーム」や「要領」になってゆく様子を示していて興味深い。(同書p.181)

前に戻る    次に進 む(現在準備中)

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