あらかじめ断っておきますが、筆者は「メイドさん」好きが発展して
各種ウェイトレス制服に関心が広がったのです。メイドさんのスタイルでどこが好きかというと、やはりエプロン
だと思います。ですから、その名も高きブロンズパロットに行った時も、それほど制服に感心した訳ではありませんでした。確かに優れたデザイ
ンではありましょうが、「ウエイトレス」としての記号性、あるいは機能性
と申しますが、それに乏しい様に思うのです。実のところ、筆者の一番印象に残ったのは、天井に設置された大型電動団扇でありました。
そんな筆者ですから、ブロンズパロット閉店の情報を聞いた時でも、行くことはないのです。行きません。多分行かないと思う。行かないんじゃないかな。ま、
行かないだろうと・・・
(渡辺注・・・閉店の情報を仕入れてきたのも、行こうと誘いをかけてきたのも彼です)
かくして2000年9月26日午後6時、日野橋めざしひた走る車に、渡辺氏、線地面太郎氏、たんび
氏と共に筆者の姿があったのでした。
(渡辺注・・・ちなみに私はこの日サークルで、最近の空気の良くない活動状況を打破すべく親睦を深める為
のボーリング大会があったのですが、「ボーリングはいつでもできるがブロパはもはや今日しか行けない」との判断により、ブッチ)
日野橋に着いて見ると、駐車場もそれなりには混んでいたのですが、ブロパの前に並んだ自転車が目を引きました(20台はあったんじゃない
か?)。閉店の張り紙に「地域の皆様にご愛顧頂き・・・」といった言葉がありましたが、なるほど自転車で来れる範囲に顧客が多かったのかもしれません。
店内は結構な混雑ぶりでした。待っている人だけで20人はいたのではないでしょうか。15分あまりでしたでしょうか、待ったところ席に着
くことができました。我々はステーキバイキングに間に合った最後のグループであったようでした。我々はレアな焼け具合のステーキをせっせと
食しつつ、周辺観察に目を配っていました。「いかにも」と
いう客層が確かに多く見受けられ、多数を占めて居ると云っても良いでしょう。しかし我々の目を引いたのは、例えば高校生の一団でした。あまりそちらの系統の方々とは断定しがたい人たちで、察するに、990円のステーキバイ
キングを当て込んできたのではないかと思われます。彼等はあらかじめ予約してあったようで、店員の方とのやり取りの雰囲気を察するに、あるいは関係者の家
族とかだったのかも知れません。
各方面で既に報告されていることですが、かの有名な制服のウエイトレスさんは、この日は遂に姿を現す事はありませんでした。かつて遭遇し
たメイト服
は、もはや我々の記憶のなかにのみ生きるのでしょう。その折は店内の照明は控えめで、卓上のアルコールランプが印象的でありました。今日は、経費節
減の結果なのか、電灯が煌煌と輝いていました。
(渡辺注・・・ブロパの制服は、有名なタイプが「メイト服」と呼ばれ、変更後のは「コ
ンパ服」「黒服」などと呼ぶそうです。公式な物ではなくマニアのつけた通称らしいですが。その辺のことやブロパについてもっと学びたい方はこ
ちらのページなど)
さて、件の制服と邂逅できぬであろうことはある程度予想の範疇でしたので、その事実を受け入れた我々は、レストランの正統的な利用
法、普段より贅沢な気分の食事を楽しむことに専念しました。会話も、周辺のあのテーブルやそのテーブルのおたくとしか見えない人々を反面教師と仰ぎ、あくまでまっとうな方面に徹しまし
た。前回ブロパに来た我々の振る舞いは、余りにも制服目当てに偏向 していましたから。我々は学んだ
のです。苦いアンミラの経験で。
いえ、学べたのでしょうか。学ぶためにはそれを受け入れる余地が必要です。それなりのレストランでの正統的な会話
というのを、学ぶ余地は筆者にあったのでしょうか。
はじめは「テヘランオリンピックで女子水泳は開催可能か」など至極まっとうな議論を交わしていましたが、しかし。
「ところでたんび氏、次の学期、法医学の授業、出るんですか? 二回目なのに」
「出ますよ。今年は内容が更に増えるらしいし。線地さんも墨公委さんも出るんでしょ」
この4人のうち、渡辺氏以外の3人は同じ大学で、しかし線地氏と筆者は浪人なのです。
(渡辺注・・・ちなみに彼らの大学は所謂日本の最高学府です。彼らが未来の日本を築いてゆくのです)
「もちろん出るつもりですが、そういえば検死の解剖も見学できるとか以前おっしゃってましたよね」
「あれは試験休みにメールで連絡が入るんですよ。私が見た時は別れ話の縺れで男が女を刺し殺した死体でね」
「そうそう、なんだっけ、物凄く深く刺してたとかいう話でしたね」
「腹から入って、横隔膜貫通して、心臓かすって、背骨を削って。刃渡り21センチだったとか」
「さぞ良く切れる兇器だったんですな」
筆者は、お世辞にも切れ味が良いとは言いかねるブロパのナイフでステーキと格闘していたので、思わず知らず実感を込めた返答をしていまし
た。
我々は2時間余り滞在しました。最後まであと2時間、居座るという案もあったのですが、行
列がなおも続いているのを見て、おとなしく席を譲ることにしました。我々はブロンズパロットに別れを告げ、・・・そして馬車道の北八王子店へ向かったのでした。結局そういう落ちになってしまう訳です。
こうして一つの時代が終わり、一つの伝説が残ったのでした。
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