| 1.「メイド」趣味を巡る論点 ここ何年かで、「メイド」は世間一般への認知度は大きく向上しました。その主たる原動力となったのがいわゆる「メイド喫茶」であろうことはまず間違いの ないところであろうと思われます。そして、「メイド喫茶」が世間の耳目を集め、一定程度の成功を収めた結果、柳の下は泥鰌の養殖池とばかりに同業種やら類 似業態やらが参入して来るようになりました。 このような「メイド」自体への関心よりもその流行の状況を利用した一旗組の参入、殊にいわゆる風俗産業に近いようなものが少なからず出現するという近年 の流行は、さらに一層「メイド」を一部の趣味者の世界からより世間一般に広げる効果を果たしましたが、一方で従来から「メイド」に関心を持っていた層から は不満を招くこともまた少なくありませんでした。 こういった意見の代表例として、以前筆者はブログでも取り上げましたが、オタク文化に詳しいことで著名らしい読売新聞記者のブログ記事を挙げることがで きるでしょう。そうでなくても、いわゆる「メイド喫茶」への不満はネット上でも少なからず眼にできるように思います。分かりやすい例として、大手SNSで あるミクシィのメイド関連コミュニティを探る(2ちゃんの適当なスレッドをあさる方がいいのかもしれませんが、膨大すぎて追いかけきれない)と、 「もういいよメイド喫茶」 「メイド喫茶とかありえません」 「メイド好きだけどメイド喫茶嫌い」 などのコミュニティが発見されます。 これら「メイド喫茶」の氾濫という風潮に対し不満を示される方々のご意見を大雑把にまとめると、次のようになるかと思います。 「メイド喫茶」のメイドは「本来の」メイドの姿を逸脱し、もはや最近のメイドは一種の風俗産業と化している。 こういった意見が少なからず見出されること自体は、筆者もこの状況下ではむべなるかな、と思います。 しかし、筆者はまた、こういった言説から些か気になる傾向も感じ取られるのです。この違和感は、思えば池袋の「メイド喫茶」・ワンダーパーラーの経営理 念であるとか、森薫『エマ』を支持する声の一部などにも感じてきたものでした。それは「メイド」を、「本来の」それと、最近のブームに乗って湧いてきたそ れとに区別し、前者を正統なものとして後者を批判する、そういった言説です。批判の際には自分たちはえっちな物を「メイド」に求めているのではない、とい う正当性の主張のようなものすら感じられ、それが違和感を呼び起こしたのだと思います。 これは既に読売新聞記者ブログの記事を批評した拙ブログで述べたことですが、このような形で昨今の「メイド喫茶」を批判する人々はアプリオリに「本来の メイド」という言葉を使いながらも、何が「本来」なのかを論じることはあまりないように思われますし、あったとしても森薫『エマ』のような世界を空想して いるのであって、歴史的系譜に基づいて「本来」を規定している訳ではないようです。 この種の言動をよく読み取れた例として、ミクシィの「クラシックメイド好き集まれ!」コミュニティが恰好の例になるかと思うのですが、ここで一番活発なトピックは「メイド喫茶は何か違う。」という「メイド喫茶」の批判をするトピックで、コミュニティの主旨が、 19世紀イギリスのメイド(言うなれば「エマ」の世界?)をリアルに見たい!着たい!いっそメイドになりたいよう!!であるにもかかわらず、歴史上のメイドがリアルにどうであったかということに対して議論するという言説はほとんど見られないのです。「本来の」クラシッ クメイドといいつつ、それは何か理想化された主従関係であるとか、漠然とした上品さのようなものを曖昧に共有しているということのようで、とにかく今の 「メイド喫茶」は違う! という一点で意見が一致している、つまり今時の「メイド」へのアンチテーゼとしてしか定義し切れていないのではないかと思いま す。 このように「クラシックメイド」と銘打ちつつ、「メイド喫茶」批判に傾斜するコミュニティの流れに対し、「ヴィクトリア朝のメイド」と「メイド喫茶」は 別物と割り切って楽しめばいいではないか、受け手の側の意識の問題でいいではないかとまことに穏当で紳士的にとりなす方もおられました。それは前世紀末に「メイド」趣味を牽引したサークルで、その発行物が商業出版物の参考文献にもなったというサークル「制服学 部メイドさん学科」の方だったり(でもコミュニティ参加者の誰もそのことを指摘していない!)、「電脳メイドしづ子20GB」の中の人だったりするのが、 やはりなすべき人はなすべきことをしているのだなという感慨を筆者に齎すのでした。 しかし、結局これらのとりなしはトピックの流れの中で埋没してしまい、結局は「メイド喫茶」批判を繰り返す結果になってしまっているようです。斯様な状 況をもとに「電脳メイドしづ子20GB」さんの更新停止の意味を忖度するに、単に風俗産業まがいな「メイド」商売が増えたからというのだけではなくて、 「メイド」趣味者の中にこのようないがみ合いが生まれたことに嫌気が差されたのではないか、とも思われるのです。 さて、趣味のあり方を巡って、他のやり方に対し「正統でない」と文句をつけることを批判しておきながら、このまま「メイド喫茶」批判を批判するだけで は、結局やってることは同じになってしまいます。そこで以下の本稿では、メイドと「メイド」趣味の系譜を遡ることでこの両者の「メイド趣味」を止揚し、無 用な対立を招かずにネタをネタとして楽しむなりとことんベタに突き詰めるなり、「メイド」趣味をより一層広く深く楽しめるような視座の提案を行いたいと思 います。 2.「メイド」趣味の系譜 まずは話を分かりやすくするために、二元論は不毛だと言いつつも、分かりやすさを優先して「メイド」趣味の系譜を大きく二分してみます。 最近の「メイド」産業にありがちと思われている、風俗産業的な方向へ走っていってしまうようなものを、フレンチメイド(マイクロミニでエナメルなメイド 服のあれ)にちなんで「フレンチ系」としましょう。一方、そうではない「メイド」趣味、『エマ』やアンティーク調な世界への憧れなどから来た、今時の「メ イド喫茶」批判をしたがる方面を、ミクシィの「クラシックメイド好き集まれ!」コミュニティにちなんで「クラシック系」としましょう。 大雑把な以上の前提を元に、現在秋葉原に氾濫する「メイド」の源流何処にありやと前世紀末を振り返れば、やはりその源流は『殻の中の小鳥』以下のエロ ゲーにあったと言えるでしょう。1990年代末にはメイドネタのエロゲーがまさに濫発され、メイド=エロという公式がかなり強固に打ち立てられていたもの でした。 しかし、やはり濫発されると質が下がって飽きられるもので、事実メイドエロゲーに関して状況はそうなったようですが、これらゲームのおかげで広まった 「メイド」という属性はひとり立ちして成長して行きました。そしてエロゲーこそ勢いをなくしたものの、他のメディアではむしろその存在感を増して行きま す。「メイド」趣味が広汎になるにつれ、ヴィクトリア朝的アンティーク趣味だとか、かわいい制服の飲食店ファンだとか、様々な路線が参入し、相互に刺激を 与えていく中で、現在の「メイド」を巡る状況は成立してきたのであろうと思います。 グダグダ述べてきたことをまとめれば、「メイド」趣味にはエロという要素から始まったものと、そうではないものとが混在している、ということです。 この両者が混在しているというのが、「メイド」が秋葉原的オタクコンテンツの中でも世間に幅広く認知されることができた理由ではないかと考えます。「メ イド」に対し、広い層が様々な幻想を託することを可能にしたからです。特にエロ要素だけでは広い層から支持を受けたり世間で堂々と流布されるには難しいと ころを、『エマ』に代表されるようなタイプの「メイド」イメージのお蔭で、かわいい、とか、アンティーク、とか、女性などの層も取り込むことができたわけ です。これによって、「メイド」市場は大きな発展が可能になったでしょう。新規層の参入が多様化を促し、多様化が新規参入を促すという正の循環が生じたの です。ちょうど、「オタク」そのものへの着目度や許容度が上がっていたという世相も、循環を加速したものと思われます。 このようにして拡大した「メイド」趣味の市場が認知されるようになると、商業的有利さが追求されるようになり、その結果エロ方面もまた拡大した、という か、エロ・風俗の業界ほど流行りに目敏くフットワークの軽い業界もまたないでしょうから当然といえば当然で、むしろそちらの拡大の方が大きかったのかもし れません。短期的に利益を上げてすぐ撤退することの多い業態でしょうから。 また風俗に限らずとも、ブームに乗じて短期的に利益を上げる方法の場合、提供されるサービスなどの点でクオリティを向上させる意欲が大きいとも思われま せんので、これもまた「メイド」コンテンツ消費者の不満を招くことになるであろうと思われます(もちろん、ブームに乗った安易な「メイド」喫茶が多いこと は事実ですが、ブームに乗ったいい加減な、短期的利益のみ最大化する経営の存在自体はあらゆる業種に見られることであります)。そして、安易な商法は亜 流やエピゴーネンが多くなり、多様性の再生産という面で不利になるという事態も考えられます。(注) こうした結果、「メイド」業界の発展を支えてきたバランスが変化し、そのあたりで生じたゴタゴタが、再三取り上げているような読売新聞記者のブログに代表されるような、「メイド喫茶」批判の意見を生むに至ったのではないかと思います。 こうして振り返ってみれば、そもそもクラシック系自体がエロゲーというフレンチ系へのアンチテーゼとして生み出されたものと考えられますので、メイド喫 茶やその他「メイド」を称した産業がエロ方面への傾斜を傾斜を深めれば、クラシック系の声がまた高くなるのも道理であると言えるでしょう。しかし、結局の ところ「メイド」業界の本流はどちらかといえばフレンチ系にあったのであって、クラシック系は「メイド」趣味の系譜上、傍流にあったと思われます。 本稿はこの対立を止揚するなどと放言しているだけに、この対立関係に異なった見解を打ち出してみたいと考えています。ここで筆者が考えているのは、フレ ンチ系もクラシック系も元を辿れば同じ穴の狢、コインの裏返しに過ぎないのではないか、ということです。「メイド」へのアプローチ方法や求めるものが異 なっているように見えて、根底では案外共通する面があるようにも思うのです。 上掲コミュニティなどからも読み取れるように、クラシック系の「メイド」趣味の方々は、主従関係であるとか信頼関係であるとか、そういったものを称揚す る方が多いように思われます。しかし、19世紀の後半にもなりますと、中産階級や労働者階級の地位が向上する中でそのような主従関係は次第に崩壊してゆく わけで(それ以前にそもそもそんなものが存在したのかどうかということ自体検討せらるるべきですが)、当時の人々自体がそんな時代にどう対応してゆくの か、そこでいくつかの方法が考えられます。 一つは「主従関係のあるべき姿」を想像してそれに傾倒する、というものです。こういった思いで描かれた作品の世界観に憧れる系譜が、現在の「メイド」趣 味におけるクラシック系に繋がることは自明でしょう。実際の主従関係はそのような美しいものでなく、雇う側も雇われる側も精神的に面倒なことが多くあった ということ、上流階級の場合そのようなゴタゴタは執事や女中頭が労務管理を行うことで避けられたにしても、その場合主人一家と使用人との直接的交流は殆ど ないのですから、やはりクラシック派の方々が憧れる麗しい主従関係は、一般論としてはユートピアの産物と言わねばならないでしょう。 もう一つは、崩壊していく主従関係をパロディ化することで、現実と異なる夢の世界に遊ぶというものです。フレンチ系はこちらに属すると考えられます。と いうのも、「フレンチメイド」という言葉の発祥は、バーレスクという諷刺喜劇(古典をパロディにしたりする)にあるそうで、1880年代(ヴィクトリア時 代末期であることに注意)に確立されたバーレスクの衣裳というのは、露出度の高いえっちなものであったといいます。流石に当時は全部脱いじゃうと捕まるの で、ミニマルな衣裳であったようです。しかし、バーレスクは1930年代になるとただのストリップに堕してしまったとか。 が、一方で1930年代になると、ラバーやらレザーやらの加工技術の進歩を受けて現代的なボンデージ衣裳が登場し、SM文化が開花するに至ります。鞭打 ち趣味はそれ以前から(諸説あるようですがヴィクトリア時代に行われていたのは確実)売春宿などで行われており、これらが融合してご主人様(女王様)―奴 隷(メイド)のプレイスタイルが形成されてきたのでしょうね。 まとめると、一見異なっているように見えるクラシック系「メイド」趣味もフレンチ系「メイド」趣味も、その源流を辿れば、19世紀の変化する社会に揉まれた人心が安らぎを求めて創り出した幻想世界にあったという点で共通ではないか、ということです。 森薫『エマ』2巻に、人攫いに攫われた少女時代のエマが、人攫いから逃走するエピソードがあります。猛烈に乱暴な比喩を使えば、脱走に成功したら使用人になって、失敗したら鞭打ちフレンチメイドになっただけだ、と言えるかもしれません。 3.メイドさん=スパゲティ理論 これまで「メイド」趣味の背景について踏み込んで考察された方というと、筆者はあまり多く存じ上げないのですが、その一人として有名なメイドゲーム 『ELYSION』の原作者・藤木隻氏の名が挙げられるであろうと思います。酷い話ですが、筆者は『ELYSION』をプレーしていないのですが、氏がメ イドについて論じられた同人誌を手がかりにしてみましょう。先日虫干しに引っ張り出した「制服学部メイドさん学科」の同人誌を読みなおすと、今にして思う とまた当時と異なった感慨を催すのです。 かくして『BEYOND the CENTURY』を読み返していると、藤木氏は「おたく文化から生まれたメイドさんは、メイドという西洋様式に東洋様式の慈愛を詰め込んだ、和魂洋才のアンパンだったのである」と書かれていたのでした。 この「メイド=アンパン」説は、それなりに当時人口に膾炙したように思いますが、西洋⇔東洋という二元論に単純に還元してしまったり、キリスト教的な理 念に基づく主従関係にメイドの話題を一元化するのは些かもったいないと小生は思い、もうちょっと異なる発想ができないかと考え、表題の如きことを考えたの でした。 スパゲティの歴史を、小生の愛読書である石毛直道『文化麺類学ことはじめ』(講談社文庫から再版)を参考にして述べれば、パスタの由来はよく分からない が(ローマ時代にラザニアの元があったという説あり)12世紀ごろ以降から記録に顔を出しているとの由。17世紀ごろからナポリで現在のような押し出し機 によるパスタの大量生産が行われ、またこの地で17〜18世紀にトマトソースがパスタ調理に用いられるようになって、これがフランス料理に取り入れられて 「ナポリタン」の語源になったのだとか(有名な話ですが、ナポリにナポリタンはないのです)。 さて、イタリア南部は貧しかったもので移民の流出が多く、19世紀に多くの人がアメリカに移民しました。それに伴ってイタリア料理がアメリカにも伝わり、同地でも食されるようになりました。 ところがここで一つ問題がありました。スパゲティは本来硬質小麦の粉で作られています(デュラム・セモリナというやつですな)。これによって独特のコシ と色合いが出るのですが、これはイタリア南部特産で北イタリアでも作られていなかったそうで、アメリカでも入手困難だったらしく、アメリカでは普通の小麦 で作られたスパゲティが缶詰で流通するようになり、それがスパゲティとして通用します。それは糊のように柔らかくべったりしていて、アルデンテとは程遠い ものでした。 スパゲティの歴史を長々書いていてもしょうがないので以下端折りますが、このアメリカ版スパゲティが日本に戦後移入され、例えばスパゲティナポリアンなぞになったわけですが、もちろんこれは実際にナポリで食されていたスパゲティとは大違いなシロモノだったのです。 そして、比較的後年になってから(1980年代くらいでしょうか)、よりイタリア本国のそれに近いスパゲティが改めて日本に導入され、喫茶店のナポリタ ンと異なるイタメシのパスタが都市部を中心に普及しました。かのバブル演出集団・ホイチョイプロダクションの漫画『きまぐれコンセプト』のネタだったかと 思いますが、イタメシ屋に行ったおじさんが「ナポリタン」と注文して呆れられる、というのがありました。スパゲティのイメージが、年代差や地域差を反映し ていたんですね。もっとも今では、そんなことは余りなくなったでしょう。むしろ「昭和レトロ」ブームとやら(これも「メイド」ブーム並み、いやそれ以上に 怪しいと思います)のせいでナポリタン的なものがかえって称揚されたりもしていますね。 で、やっと「メイド」の話に戻るのですが。 前に引用したとおり藤木隻氏の主張では「おたく文化から生まれたメイドさんは、メイドという西洋様式に東洋様式の慈愛を詰め込んだ、和魂洋才のアンパン だったのである」ということでしたが、小生はこの「メイド=アンパン」説に対し、メイドさん=スパゲティ理論なるものを提唱致します。その理由は、くだく だしさに耐えてこれまで本稿をお読みいただいた方々にはもはや明らかであろうと思います。 つまり、東洋と西洋の対立というよりも、近代のある状況下においての対応策としての差異と見た方がいいのではないかということ、そしてまた「メイド」の イメージは、本国から直接やってきたものと、途中で変形を加えられつつ伝承されてきたものと、二つの由来がある、ということです。イタリア料理店のパスタ と喫茶店のナポリタンのようなものです。前者を食う人が後者を食う人をバカにするのは、バブルの時のそれのようで、結構なこととは思えません(イタリア料 理店のだって日本のそれはやはりいくらか日本化されているし)。発展の経緯がちょっと異なっているだけです。 そして、スパゲティの場合、当初の日本への移入はアメリカ経由でしたが、「メイド」イメージの場合も、フレンチ系のそれはアメリカ経由であると思われる節があるのです。 以下多少余談に渡ります。 フレンチメイドの発祥自体は既に述べたようにヴィクトリア朝末期に遡りうるのではないかと思いますが、それがいわゆるSM趣味の形を整えるのは、随分前に拙稿「今週の一冊」の第2回で引用したように、1930年代のことのようです。 ではそれが如何にして日本に浸透してくるのかといえば、以前に「今週の一冊」の第67回で紹介したことのある北原童夢『フェティシズムの修辞学』という本 に拠れば、アメリカで1946年に発行されたボンデージ雑誌を日本の雑誌が転載したことがきっかけだそうです。フレンチメイドの発祥はヨーロッパですが、 密やかな遊びだったそれを広く発展・普及させた功績はアメリカにあるようです。 北原氏はアメリカでのこの手の趣味普及に、ジョン・ウィリーという著名なアメコミ作者・写真家を高く評価しておられます。そのウィリーのコミックの出版 など、1950年代におけるこの業界のプロデューサーとして著名なのがクロウ兄妹という人たちで、彼らは自身でもこの手の写真撮影を行っていました。 クロウ兄妹のボンデージ写真の中でも圧倒的な人気を誇り、この業界の拡張にもっとも貢献したであろう伝説的なモデルがいます。彼女の名はベティ・ペイジ といいます。見てみたい人は Betty Page で検索してください(万単位で出てきます)。彼女は1950年代を代表するセックス・シンボルとして、1950年ごろから1957年に行方を晦ますまで、 撮られた写真の数はマリリン・モンローとシンディ・クロフォードを足したより多いとか何とか言われている、ボンデージの女王だったのでした。彼女の写真は 今でも高い人気を誇っているそうで(2000年に昔のフィルムがDVD版で再版された)、こういった趣味の一般化に多大な(おそらく最大の)影響を与えた といえるでしょう。 ますます余談ですが、クロウ兄妹ではお兄さんのアーヴィング・クロウは専らプロデューサー業に徹し、妹のポーラが緊縛と撮影を担当していたのだそうです。うーん、この兄妹もなかなかスゴイですね。 で、筆者の所説はSMやボンデージに詳しい人からすれば噴飯物の珍説であろうとは思いつつも、一応結論めいたことを述べてみようと思います。 21世紀初頭の日本で、19世紀末ヴィクトリア朝をモデルにしたと思しき「メイド」というものがブームになる系譜を探れば、それはヴィクトリア朝の抑圧 が生んだアングラ文化がアメリカナイズされて海を渡り、そこで日本のアングラ文化に合流、さらにそれをコンピュータゲームという新しいメディアが取り込ん で世紀末メイドエロゲーバブルを演出、そこから一人歩きした「メイド」像が途中経過をすっ飛ばして美化されたヴィクトリア朝イメージとくっつき、かくてエ ロと上品さが同居させられた摩訶不思議な秋葉原的「メイド」像の形成に至った――まあ、そのようなものではないかと考えられなくもないのではと思うので す。 ここは恰好をつけて、フランスの歴史家アンリ・ピレンヌの有名な言葉「マホメットなくしてシャルルマーニュなし」をもじって、こう結論付けたいと思います。 「ぺティ・ペイジなくしてクレア・バートンなし」 メイドさん=エロと結びつけるのは、クラシック派の人々が忌んで止まないことですが、実はメイドと結び付けて語られるエロの姿こそ、ヴィクトリア時代の 妄想が今尚生きていることの証しなのかもしれません。それはまた、ヴィクトリア時代というのは遠い過去の異世界ではなく、ほんの百年余前の話に過ぎないの であり、今日の我々が感じるような生き辛さをある程度抱え込んでいた人々(それはメイドの雇用主である中産階級であり、メイドそれ自身や「お屋敷の貴族 様」ではなかろうと思われますけれど)が生きていた世界なのだ、ということをも示唆しているのではないかと思うのです。 そしてまた附言すれば、二次元のエロと三次元のエロは、決して対立するものではなくて、相互に影響を与え合ってきたと考える方がよいのではないかと思い ます。風俗業界がアニメ系ネタを取り入れるのは「メイド」ブーム以前にもあったことだし(90年代にセーラームーンのコスプレ衣裳のある風俗店は決して珍 しくなかったはず)、逆に二次元のエロだって、三次元のそれを利用して自らのコンテンツを形成していったはずです。 『電波男』など「萌え」を強調するような見解、二次元と三次元の相違を強調するような意見もあったりします。「メイド」趣味でも、クラシック系がフレンチ系 との差異を強調するような意見をしばしば出しているのは既に述べたとおりです。しかし、差異を強調して立場の異なったものを排除するという方向に向かうよ り、むしろ通底するものを探ってお互いに包摂しあっていく方が、その趣味なり生活なり、ひいては文化全体が豊かなものになっていくのではないか、と筆者は 夢想しています。この拙文もその一助になればと思っておりますが、まあこれはホントに電波というとこですね。 ただ同時に、何が「本来」なのか規定するのは中々に困難なことですが、それを棚上げにして曖昧に連合しているよりは、定義と拠って立つべき位置を確認した 上で差異を許容することの意味は、本稿がその一例として意味があるかは別にしても、重ねて強調しておきたい点であります。 長々とお付き合いありがとうございました。 注:「メイド」趣味の興隆が、学校制服や実在の飲食店の可愛い制服を追い求める、という以前からあった趣味を相対的に衰退させるという、多様性の一面での喪失を伴っていることは指摘しておきたいと思います。 ※本稿は墨東公安委員会のブログ「筆不精者の雑彙」にて2006年6月1日・2日・4日・5日・6日に渡って執筆した記事を編集し、大幅に加筆して作成したものです。 蛇足:ベティ・ペイジがクロウ兄妹の下でデビューしたのは1952年で、1955年に入ると上院の猥褻物調査委員会に目をつ けられて様々な圧力をかけられ、ついには写真の原版の大部分は破棄を余儀なくされてしまった(それがベティの神格化を進めたともいえそうですが)そうで す。この間の、ベティ全盛時代というのは、ぴったりマッカーシー旋風の吹き荒れていた頃と重なるんですよね・・・。 ま、ともあれ、読んでいただいた方はお疲れ様でした。お休みなさい、そして皆様のこれからのメイド趣味に幸いあらんことを(グッドナイト&グッドラック)。 |